絶対になれないとわかっているから、わたしはガッキーになりたかったのかもしれない。
「こういうの見ちゃうとモデルさんの好みで選んじゃうんですよね」
苦笑いしながら答えると、
「みんなそういうもんですよ」と、彼は何でもないかのように答えた。
美容室に行き「今日はどうしますか?」と聞かれるのが苦手だ。
どうしたいのか、自分でもわからないからだ。
「してみたい髪型」は、ある。
「なりたい理想」も、ある。
ただ、それと、似合うかどうかは、まったく別の問題だ。
昔から不満に思っていることがあった。
雑誌などによく出てくる「あなたはどのタイプ?」の診断だ。
華やか、カワイイ、ゴージャス、女性らしい
もしくは
クール、カッコいい、大人っぽい、サバサバしている
大体がその2つのタイプに分けられる。
髪が黒くて、奥二重で、色が白いわたしは、いつも大抵「クール」のタイプに該当する。
だけど、それがちょっと悲しいのだ。
例に登場する人たちを見ると、わたし好みの、憧れの大好きな女優さん達はみんな「華やかでカワイイ」タイプにずらっと並んでいる。
そして、わたしのタイプに該当する女優さん達は、みんなキリッとしているけれど、どこか地味で怖い印象だ。
だからいつもタイプ診断を無視して、自分の大好きな女優さんの髪型やメイクを研究する。
綾瀬はるかのナチュラルメイクが可愛いなーと思って真似をしたり、
ガッキーの髪型にしたいなーと思ってみたり。
頭の中では妄想が広がる。
あー、どうしよう。
このメイクをして綾瀬はるかみたいになっちゃったら、毎日楽しいだろうなー。
あー、どうしよう。
髪型を真似して「あれ? ガッキーに似てるね!」なんて言われちゃったらどうしよう。
得意げに鼻の穴を膨らませながら、まだ見ぬ未来に胸をときめかせる、
あー、これはモテちゃうぞ。
毎日ウハウハだ。
雑誌でしあわせそうに微笑む彼女たちの笑顔を見つめながら、まるで見つめれば見つめるほど自分の顔にコピーされていくかのように、ただただ眺めて妄想を膨らませていた。
ところが、だ。
メイクが終わっても、髪型を変えても、一向に綾瀬はるかもガッキーも現れない。
昨日と同じ、地味なわたしが鏡で哀しそうな表情を浮かべている。
あぁ、どうしたら綾瀬はるかやガッキーになれるんだろう。
ブランド物の化粧品に変えたらいいのかな。
代官山とかの美容室に行ったらいいのかな。
必死でアイディアを集めては寂しくなる。
いや、何をしたってわたしは、綾瀬はるかにもガッキーにもなれないんだ。
そもそもの造りが違いすぎるから。
だけどある時、美容師さんと会話をしていてふと気がついた。
「美容室で失敗したなと感じたのはどんな時ですか?」
そんな質問に答えていた時だ。
「どんな髪型がいいかなーって雑誌とかで見ながら色々考えて。
でも、ダメなんですよ」
ちょっとふてくされて答えると、優しく聞いてくれた。
「ダメってどういうことですか?」
ちょっと恥ずかしいなーと思いながらも、思ったことを話してみる。
「こういうの見ちゃうとモデルさんの好みで選んじゃうんですよね」
苦笑いしながら答えると、
「みんなそういうもんですよ」と、彼は何でもないかのように答えた。
そうか。
みんな、そういうもんなのか。
そうか。
考えてみりゃ、
そりゃ、そうだ。
「こうなりたい!」と思う人を選ぶんだから
そりゃ好みの人になるはずだ。
「この雰囲気好きじゃないけど、髪型だけはこれがいいな」なんて、そんな高度な選び方をできるわけがない。
あぁ、そうか。
そうだったのか!
今までわたしが「こうなりたい!」と思う人は、自分に無いものを持っている人だったんだ。
自分に無いものを持っているから、そんな風になれたらいいな、と魔法がかかったような非日常的な未来を妄想してワクワクしていたんだ。
でも、美容室に行ってやることは、魔法をかけて変身することではなくて、自分らしく今よりちょっとキレイになって、自信を持つことかもしれない。
少なくとも理想と現実のギャップにショックを受けることではないはずだ。
「手間がかからなくて、楽ちんで、それでいて、似合う髪型を見つけたいです!!」
なんだか無謀にも思えるようなことをドキドキしながら言ってみた。
「お、いいですね。じゃあこんなかんじはどうですか?」
彼はまた、なんでもなかったかのように、次々と提案をしてくれた。
「やってみます。お任せします!」
プロの仕事を信じてみた。
毎日毎日たくさんのお客様の似合う髪型を探している人だ。
毎日毎日たくさんのお客様が、理想と現実のギャップで苦しんでいるのを知っている人だ。
「はい、出来ましたよ!」
エプロンを外してもらい鏡に視線を移すと、いつもとは違うわたしがいた。
華やかな可愛さに憧れて悩んでいるわたしではなく、
自分を信じて、穏やかな気持ちで落ち着いているわたしが。
「大人っぽいのは似合わないと思ってました。
でも、本当はやってみたかったんです」
自分でも知らなかった本音が、思わず溢れてきた。
「いいですね! これからどんどん楽しんで磨いていきましょう!」
そうか。
自分らしさは、磨いて見つけていくものなのか。
なんだ、知らなかった。
でもそりゃそうだな。
ある日突然、自分らしく大変身するなんて、そんなことはないのかもしれない。
少しずつ少しずつ、右肩上がりに磨いていけばいいんだ。
そのために、自分を信じ、プロの仕事を信じてみよう。
そうすればきっと、自信を持って自分らしくいられるはずだ。
「ありがとうございました」
美容室を後にし、階段を登っていくと、なんだかヒールが、いつもより嬉しそうに鳴っていた。