本日はNew Year's Eve

30代OLが「書き手」になる夢を叶えるドキュメンタリー

嫌われ者の「がんばれ」が、わたしはどうしても好きなんだ。

もう10年が経とうとしている。

当時わたしは、NGOのスタッフとして現地の支援活動の調整役のためにフィリピンで暮らしていた。

その中で出会い仲良くなったのは、5~6歳下の奨学金をもらいながら大学に通う学生たち。
彼らにとってわたしは、いつも口うるさい日本人として映っていただろうと思う。

 

「諦めちゃダメだ」

「勉強だけはどんな時でも続けた方がいい」

「チャンスは一瞬だから絶対逃しちゃダメだ」

 

そんな風にいつも言い続けていた。

今思えば、何も努力していない人が何を言っているんだ、と思われていたかもしれない。

 

だけど、当時のわたしは、いつも真剣だった。

自分よりも頭が良く、性格も人柄も良く、才能もあって本当に大好きな人たちが「貧しい」と言う理由だけで、将来の可能性を狭められていたことが、悔しくて仕方がなかったからだ。

 

だから、自分の何十倍も頑張っている人たちに、わたしは毎日「がんばれ、がんばれ!」と言い続けていた。

 

最大限に頑張っても夢が叶う可能性は限られている。

それなのに、手を抜いてしまったら、可能性は限りなく消えてしまう。

そのことを、黙って見ていることができなかった。

 

フィリピンに暮らしていたとき、よく赤ちゃんを抱っこしている若い女の子に出会った。

話を聞くと、学校に通っていたときはトップクラスの成績だったと言う子が多かった。

現状として、優秀な女の子たちが突然妊娠をし、学校をやめ、そのまま夢を諦めてしまうことは、少なくなかった。

「本当はね、こどもが好きだから学校の先生を目指していたんだ。でもいいの。今は毎日こどもと一緒にいられるから」

「観光業の仕事をしたいと思って、英語を勉強していたんだ。あー、今役に立ってよかった!」

本当は地域のために、さらには国のために活躍できるような力を持っている人もいたのに、

「暑いねぇ」と言って汗を拭きながら子どもをあやして、一日中座っているようになる。

街を歩けば、そんな人たちばっかりだった。

しあわせは、他人には測ることができない。

だけど、

いつもどんなこともジョークに変えて笑っている彼女たちが、ふとした瞬間に見せる寂しそうな目線に、心がえぐられそうなことが何度もあった。

 

だから。

「がんばれ! がんばれ! 絶対できる!」

まだ学生の子たちには、毎日毎日顔をあわせる度にそう言っていた。

「諦めた瞬間にチャンスが来たらどうするの? 

ここまで頑張ったんだから、その時まで頑張ろうよ」

今より10歳も若かったわたしは、妙な熱を持って、いつも泣きそうになりながら真剣にそう伝えていた。

未だに「まだできるまだできる、っていつも言ってたよね」と笑われることがある。

だけど、当時はそう信じていた。この人なら必ずできる。諦めさえしなければ、必ずチャンスをつかむことができる。心からそう信じて、応援していた。

 

あれから10年が経った。

その間に日本では「がんばれアレルギー」が広がるようになってしまった。

まるで「がんばれ」と言う人は、他人の気持ちをわからずに傷つけてしまう自分勝手な人、と言うレッテルを貼られるようになってしまった。

 

だから、誰かに「がんばれ」と言うときは、ものすごく気を遣う。

そう言うことで、その人を傷つけたりしないだろうか。

嫌な気持ちにさせないだろうか。

 

だけど、それでもわたしは、「がんばれ」と言うことばが好きだ。

相手を応援する覚悟を決めた時に、伝えることができることばだからだ。

苦しいときには力になるから。辛い時も、いつだって見守っているからね。

ずっとずっと信じて応援しているよ。

だから。やるべきことをやりなさい。

あなたの努力だけが、あなたを幸せにしてくれるから。

大丈夫だよ。

そんな思いが、「がんばれ」の一言には、詰まっていると思う。

 

「がんばれよーーーーー」

幼い頃、良く祖母から震える文字の手紙を受け取った。

その一言だけで、わたしは頑張ることができた。

期待を裏切っちゃいけない。

そうやって、覚悟を決めることができた。

 

「ガンバレーーーーー」

留学中やフィリピンで暮らしているとき、

函館を離れ東京で暮らしているときには、

母から手紙やメールが届いた。

母は、自分に似た娘が、擦り切れるまで頑張っていることは知っていたはずだ。

だけどそれでも、今の娘に必要なのは「ガンバレ」の一言だと信じて、エールを送り続けてくれた。

 

あぁ、そうか。だからか。

振り返ってみると、わたしのそばにはいつも

「がんばれ」と言ってくれる大人がそばにいてくれた。

 

甘やかさず、ときには厳しかったけれど、

それでもわたしのことを心から信じ応援してくれた大人が

「がんばれ」の一言に思いを込めて、そう励ましてくれていた。

 

自分一人でいたら、すぐにふてくされて、いじけて、諦めてしまうわたしだったけど、その一言があるから、いつだって頑張ってこれたんだ。

 

30代になり、今は自分よりも若い才能溢れる人に出会う機会も増えて来た。

うざがられるかもしれない。邪魔くさがられるかもしれない。

だけど、それでも、もしそれがその人のこれからにつながるのであれば。

わたしは「がんばれ」と言い続けたい。

 

それにきっと「がんばれ」の言葉は、これからのバロメーターになる。

苦しくても辛くても挑戦したいのか。

もう諦めてしまいたいのか。逃げてしまいたいのか。

 

他人に言われた「がんばれ」の一言で、心の中の本音に気づけることも、あるはずだ。

 

だから、わたしはこれからも、

「古い」とか「空気が読めない」とか「優しくない」とか思われたとしても、

 それでも、たった一人のために「がんばれ」と伝え続けたいと思う。

 

そして、そうするためにはもちろん、自分自身も挑戦し続けなければいけない。

「あの人が言うなら」と「がんばれ」のことばを「がんばる」力にしてもらえるように。

いつまでも「がんばれ」と言ってもらえる人で、い続けられるように。

絶対になれないとわかっているから、わたしはガッキーになりたかったのかもしれない。

「こういうの見ちゃうとモデルさんの好みで選んじゃうんですよね」

苦笑いしながら答えると、

「みんなそういうもんですよ」と、彼は何でもないかのように答えた。

 

美容室に行き「今日はどうしますか?」と聞かれるのが苦手だ。

どうしたいのか、自分でもわからないからだ。

 

「してみたい髪型」は、ある。

「なりたい理想」も、ある。

 

ただ、それと、似合うかどうかは、まったく別の問題だ。

 

昔から不満に思っていることがあった。

雑誌などによく出てくる「あなたはどのタイプ?」の診断だ。

 

華やか、カワイイ、ゴージャス、女性らしい

もしくは

クール、カッコいい、大人っぽい、サバサバしている

 

大体がその2つのタイプに分けられる。

 

髪が黒くて、奥二重で、色が白いわたしは、いつも大抵「クール」のタイプに該当する。

だけど、それがちょっと悲しいのだ。

 

例に登場する人たちを見ると、わたし好みの、憧れの大好きな女優さん達はみんな「華やかでカワイイ」タイプにずらっと並んでいる。

 

そして、わたしのタイプに該当する女優さん達は、みんなキリッとしているけれど、どこか地味で怖い印象だ。

 

だからいつもタイプ診断を無視して、自分の大好きな女優さんの髪型やメイクを研究する。

 

綾瀬はるかナチュラルメイクが可愛いなーと思って真似をしたり、

ガッキーの髪型にしたいなーと思ってみたり。

 

頭の中では妄想が広がる。

 

あー、どうしよう。

このメイクをして綾瀬はるかみたいになっちゃったら、毎日楽しいだろうなー。

 

あー、どうしよう。

髪型を真似して「あれ? ガッキーに似てるね!」なんて言われちゃったらどうしよう。

 

得意げに鼻の穴を膨らませながら、まだ見ぬ未来に胸をときめかせる、

あー、これはモテちゃうぞ。

毎日ウハウハだ。

 

雑誌でしあわせそうに微笑む彼女たちの笑顔を見つめながら、まるで見つめれば見つめるほど自分の顔にコピーされていくかのように、ただただ眺めて妄想を膨らませていた。

 

ところが、だ。

メイクが終わっても、髪型を変えても、一向に綾瀬はるかもガッキーも現れない。

昨日と同じ、地味なわたしが鏡で哀しそうな表情を浮かべている。

 

あぁ、どうしたら綾瀬はるかやガッキーになれるんだろう。

ブランド物の化粧品に変えたらいいのかな。

代官山とかの美容室に行ったらいいのかな。

必死でアイディアを集めては寂しくなる。

いや、何をしたってわたしは、綾瀬はるかにもガッキーにもなれないんだ。

 

そもそもの造りが違いすぎるから。

 

だけどある時、美容師さんと会話をしていてふと気がついた。

「美容室で失敗したなと感じたのはどんな時ですか?」

そんな質問に答えていた時だ。

 

「どんな髪型がいいかなーって雑誌とかで見ながら色々考えて。

でも、ダメなんですよ」

ちょっとふてくされて答えると、優しく聞いてくれた。

「ダメってどういうことですか?」

 

ちょっと恥ずかしいなーと思いながらも、思ったことを話してみる。

 

「こういうの見ちゃうとモデルさんの好みで選んじゃうんですよね」
苦笑いしながら答えると、
「みんなそういうもんですよ」と、彼は何でもないかのように答えた。

 

そうか。

みんな、そういうもんなのか。

 

そうか。

考えてみりゃ、

そりゃ、そうだ。

 

「こうなりたい!」と思う人を選ぶんだから

そりゃ好みの人になるはずだ。

 

「この雰囲気好きじゃないけど、髪型だけはこれがいいな」なんて、そんな高度な選び方をできるわけがない。

 

あぁ、そうか。

そうだったのか!

 

今までわたしが「こうなりたい!」と思う人は、自分に無いものを持っている人だったんだ。

 

自分に無いものを持っているから、そんな風になれたらいいな、と魔法がかかったような非日常的な未来を妄想してワクワクしていたんだ。

 

でも、美容室に行ってやることは、魔法をかけて変身することではなくて、自分らしく今よりちょっとキレイになって、自信を持つことかもしれない。

 

少なくとも理想と現実のギャップにショックを受けることではないはずだ。

 

「手間がかからなくて、楽ちんで、それでいて、似合う髪型を見つけたいです!!」

なんだか無謀にも思えるようなことをドキドキしながら言ってみた。

 

「お、いいですね。じゃあこんなかんじはどうですか?」

彼はまた、なんでもなかったかのように、次々と提案をしてくれた。

 

「やってみます。お任せします!」

 

プロの仕事を信じてみた。

毎日毎日たくさんのお客様の似合う髪型を探している人だ。

毎日毎日たくさんのお客様が、理想と現実のギャップで苦しんでいるのを知っている人だ。

 

「はい、出来ましたよ!」

エプロンを外してもらい鏡に視線を移すと、いつもとは違うわたしがいた。

 

華やかな可愛さに憧れて悩んでいるわたしではなく、

自分を信じて、穏やかな気持ちで落ち着いているわたしが。

 

「大人っぽいのは似合わないと思ってました。

でも、本当はやってみたかったんです」

自分でも知らなかった本音が、思わず溢れてきた。

 

「いいですね! これからどんどん楽しんで磨いていきましょう!」

 

そうか。

自分らしさは、磨いて見つけていくものなのか。

なんだ、知らなかった。

でもそりゃそうだな。

ある日突然、自分らしく大変身するなんて、そんなことはないのかもしれない。

 

少しずつ少しずつ、右肩上がりに磨いていけばいいんだ。

 

そのために、自分を信じ、プロの仕事を信じてみよう。

そうすればきっと、自信を持って自分らしくいられるはずだ。

 

「ありがとうございました」

 

美容室を後にし、階段を登っていくと、なんだかヒールが、いつもより嬉しそうに鳴っていた。

さよなら10月

「10月は出会い運が最強に高まります」

よく当たると言われる占い師さんの本に、そう書いてあった。

 

どんな出会いが、あるんだろう。

内心、ドキドキ。ワクワク。

 

ん? 

終わりましたね、10月?? 

 

でも確かに振り返ってみると、最強でした。

 

お仕事でも本当にいろんな人に出会い、第一線で活躍する人たちの声を日常的に耳にできるのは、本当にしあわせなこと。

 

「つべこべ言わずに、やる」

「言い訳とかいいから、やる」

「ただやるべきことをやる」

 

プロは、みんな同じことを言います。

それを、当たり前に聞けることに感謝して、つべこべ言わずにやるべきことをやろうと思います。

 

本当は10月には別の人生を歩んでいるはずだった。

それを選ばない生き方なんて、考えたこともなかった。

何度も、何度も、もう一つの人生を思い、崩れそうになった。

でも。

 

これが、わたしの人生なんだ。

わたしだけが、誇りを持ち、

わたしだけが、決定権を持つ、

この世でたったひとりだけのわたしの人生だ。

 

さよなら、10月。

 

11月。

新しい人生が、始まる。

これから作る、新しい人生が。

 

きっと、どの道を選んでも、

どの人生を選んでも、

わたしの人生は、

わたしにとって最良の人生だ。

そう信じていれば、

いつだって、生きてるだけでしあわせだ。

 

真夜中の静かな住宅街を歩きながらそんなことを思う。

暗くて怖くて空を見上げたら、月が力強い光を放っていた。

そうか。

たとえ自分の光でないとしても、

美しく輝くことは、誰にでも出来るんだ。

ハガネの女の唯一やわらかいところ

「俺だって楽しいしさ、帰りたくないよ」

そう呟いた彼の言葉は、アルコールのにおいが混じっていた。

湿度のせいか、お酒のせいか、妙に蒸し暑い。

 

彼はそっと肩に手を伸ばし、グッと自分の胸元に引き寄せた。

まるで世界に2人だけしかいないように。

特別な時間が流れていた。

 

なぜだろう。

池袋の水曜の夜は、やたらと酔っ払ったカップルが多い。

 

私はと言えば、

ーーごめんなさいね。と

心の中で呟きながら、終電に間に合うようにその横をぶったぎっていく。

 

せっかくの甘いムードのところ、

その横をリュックを背負ったおばさんが鬼の形相で通り抜けていくのはなんだか申し訳ない。

それでも、そんなことを全く気に留めもしない二人が羨ましかったりもする。

 

ーーいいなぁ。

心の片隅でそう思っている自分もいる。

過去の思い出と、未来への期待に意識が飛んでいく。

 

だけどすぐに、

ーーあ、あれ終わってない。あの人にも連絡しなきゃ。

うぉー、こんな時間じゃ逆にダメだから明日にしよう。と、

甘い空気なんてどこ吹く風だ。

リュックのショルダーベルトをぎゅっと握り、駅のホームへ猛進していく。

 

横目に流れていく女性たちは、みなとてもやわらかそうに見える。
好きな人に寄り添う女性はどうしてあんなにもやわらかそうなんだろう。

くにゃっとしなだれて、フニャッと笑顔を見せて。

今のわたしにも、あんなやわらかそうな瞬間があるのだろうか。

 

「え?!」

「え?!」

 

わたしの腰に手を伸ばしたその人が、思わず声をあげた。

わたしも驚き、つられて声をあげた。

 

「これって、筋肉ですよね? 骨じゃないですよね?!」

 

先日、腰が爆破宣告をしてきたので、慌ててマッサージに駆け込んだ時のことだ。

さっきまで、明るく元気に丁寧に接客してくれていた女性が、

突然素の声を発した。

 

「え?!」

「え?! 今度はなんですか?」

 

彼女は再び声をあげ、わたしもすぐに声をあげた。

 

「首も、固すぎて……

 

ーーよく生きてますね。

 

という言葉が後にでも続きそうな反応だった。

1ヶ月に何十人もの疲れた人の体に触れるプロが驚いている。

どうりで体が思うように動かないわけだ。
それだけ筋肉が固まっているということは、恐らく血の流れも悪いだろう。

 

「お客様の筋肉の硬さは、豆腐から鋼鉄でいうと……鋼鉄です。

先ほども、こんなところにも骨があるのかと驚いてしまいましたが、

あれは、筋肉です」

どうやら新人らしいそのお姉さんは、丁寧に真面目に、教えてくれた。

 

「あれは、筋肉です」とそんな真顔で言われても……。

悲しいことに今のわたしは「それ」を背負って生きてくしかないのだ。

 

「ただ……これは理由がよくわからないのですが、

太ももの裏だけが、

平均よりも物凄くやわらかいのです」

と首を傾げならお姉さんは言う。

 

はて。太ももの裏? 

なぜそんなところがやわらかくなるのだろうか。

肉付きが良いからか? 感触の問題か? 

特にヤンキー座りもしていないし、ストレッチもしていない。
レジ下の物を探したり、冷凍庫を開けるのに頻繁にしゃがむことはあるが、

さすがにそれだけで鋼鉄の女がやわらくなるわけがない。

……んー、なんだろうか。

あれこれ考えていたところ

「あ!」

と、気が付いた。

 

それは、ボディメイクトレーナーの友人が、

「腰痛予防に」と教えてくれた太ももの裏を伸ばすストレッチだった。

 

運動やヨガは続かないものの、なんとかその動きだけは毎晩寝る前にやっていた。

もしかしたら、それが効いていたのかもしれない。

ということは逆に、それすらもしていなかったら、

完全にわたしの体は、蝋人形みたいに固まってしまっていたのだろう。

 

昔から、バカの一つ覚えみたいに、言われたことは必ず守るようにやってきた。

「もっと肩の力を抜いた方がいいよ」

「融通効かせた方が、うまくいくよ」

そうアドバイスをもらっても、

今度は肩の力を抜くことに真面目になってしまい、足に力が入らなくなる。

融通を効かせることに真面目になりすぎて、本末転倒なことばかりしてしまう。

 

ちょうど良い加減、「いい加減」がなかなか身につけられない。

 

結果、バカみたいに真面目すぎるせいで、頭が固すぎるせいで全身はカチコチになってしまった。

だけどどうやら、バカみたいに真面目な性分のおかげで、太ももの裏だけはやわらかくなったようだ。

 

今度友人に会った時は、腰と首のやわらかくなる方法も教えてもらおう。

同時に、頭と心がやわらかくなる方法も、誰か教えてくれないだろうか。

せめて、血が通う普通の人間になれたらいいのにな。

そんなことを願いながら、明日もハガネの女は真面目に生きていくのだろう。

そしてまたあっこちゃんのドラムとえっちゃんの声に恋をする

「でけたなぁ」

「よかったなぁ」

 

「夢みたいやなぁ」

「ほんまやなぁ」

 

徳島出身のロックバンド、チャットモンチー

MCになるとほんわか、ゆんわりな二人なのに、ひとたび演奏が始まると空気が変わる。

 

えっちゃん(橋本絵莉子)の歌は、やわらかくて伸びやかなのに芯が強い。

彼女が歌い出すと、もうその世界観に引き込まれてしまう。

女のドロドロした本音みたいなことばや、

心臓をひきちぎられそうな狂おしい想いも、

えっちゃんの声に乗せると、それはちゃんと、音楽になる。

 

元々ベースだったあっこちゃん(福岡晃子)は、ドラムのくみこん(高橋久美子)の脱退を機に、それまで叩いたことのないドラムを始めた。

 

あっこちゃんのドラムは、いつ聴いても心が震える。

 

それはきっと、覚悟が決まっているからだ。

二人でやっていくには、自分がやるしかない。

そうしてでも、チャットモンチーを守っていきたい。

そのためには、自分は変わる。

変わってみせる。

そんな覚悟が決まった姿は、いつ見てもこころを揺さぶられる。

 

初めて彼女達のステージを見たのは、

ちょうど二人体制になって作ったアルバム 『変身』のツアーのときだった。

これまで見た彼女達のステージは4回。

ファンだと言うには、まだまだ知ってることが少ないけれど、

わたしは、一瞬で彼女達の虜になった。

彼女達の音楽やスタイルに惚れ込むのに、

一回の生の演奏は十分すぎるほどだと思う。

 

チャットモンチーのステージは、

いつも全力疾走で駆け抜けていく。

 

三人から二人になって。

あっこちゃんがドラムを叩き、

えっちゃんもベースを持つようになった。

そうかと思えばサポートメンバーを迎え、音域を一気に広げる。

ロックに命を賭けていた二人が、ゆるゆるラップもするようになる。

アイドルのような存在だったえっちゃんが、結婚、妊娠。

 

いろんなことを乗り越えて来た二人。

元徳島での野外フェスも主催し、成功させた。

 

最近ではまた二人体制に戻り、

しかもメカットモンチーに!

ギターかき鳴らしてドラム叩きまくってた二人が、今度はシンセサイザーや打ち込みの音も活用して、また新しい音を作り出す。

 

すごいなぁ。

どこまでもチャレンジし続けて、

進化を止めない。

 

それでいて、驕ることなく、あのまま変わらない。

 

「でけたなぁ」
「よかったなぁ」

 

「夢みたいやなぁ」
「ほんまやなぁ」

 

チャットモンチーでいられることを、

あの二人が一番楽しんでいる。

 

ガールズでもロックができることを証明し、

唯一無二の不動の地位を確立してきたチャットモンチー

 

「できる」と認識されると、

「できない」ことに手を出すことは怖くなる。

 

例えば、書くこともそう。

小説とエッセイと書評と広告記事と。

どれも、書き方は全然違う。

どれかを得意とする人でも、他のことを書いてみると、なぜだか面白くなかったりもする。

これまでの、成功を手放して、出来るかどうかわからないことに挑戦するのは、とても怖い。

 

だけど。

 

チャットモンチーの二人は、挑戦することをやめない。

挑戦する怖さは知っているのに、だ。

 

だから、彼女たちのステージは、

いつも全力疾走の真剣勝負。

慣れに甘んじたり、流すことは決してない。

 

だから、聴いていて心が震えるし、

見ていて心が揺さぶられる。

 

何かが出来るようになったからって、

立ち止まってちゃいけない。

そう思わずにはいられない。

 

二年前には函館出身のロックバンド

GLAYとの対バンライブを実現。

憧れの人との共演に、二人は震えていた。

「嘘みたいや」

「夢やんな」

 

ちいさな二人の少女みたいだった。

音楽が大好きで、故郷が大好きで、

どこに向かっているかもわからないところへ

ただガムシャラに走り抜けて。

気付けば、憧れていた手の届かないはずだった人たちと同じステージの上にいて。

 

そして昨日は、

そんなチャットモンチーに憧れ続けていたというPerfumeとの対バン。

同じように故郷が大好きで、ダンスが大好きで、Perfumeでいられることが嬉しくて仕方がない三人。

そんな彼女達にも、前に進みたいのに進めなくて苦しい時があった。

当時、ホテルの部屋に帰ってはチャットモンチーのアルバムを爆音で鳴らし、踊り続けてたという。

 

時折「苦しいならやめちゃえばいい」

「辛い思いをしてまでやらなくていいよ」という声が聞こえてくることもある。

 

きっとそんなことばを聞きたいときは、

自分が逃げたいときだ。

 

だけど。

よし、と前を向いた時にふと思う。

なんで、苦しいことはいけないことなんだろう。

どうして、辛いことは避けなきゃいけないんだろう。

 

もちろん誰かに傷つけられていたり、

必要もないのに自分自身を痛めつけることは、

しなくていいと思う。

それに自分が頑張りたい気持ちを、他人にまで強制してしまっているなら、それはやめなきゃいけないとも思う。

 

だけど、スルッと上手くできてしまう人もいれば、もがいて苦しまなければ成長できない人もいる。

それを決めるのは、それがわかるのは、本人でしかない。

 

だからきっと、

似ている感覚を持って先を走っている人に

「共鳴」する。

心が震えて、揺さぶられる。

 

あ、自分が行くのはそっちだ、って。

気付くことができる。

 

正直、辛いことや泥臭いことなんて、

なんの苦にもならない。

それよりも、

今いる現状を突破できないことが、

出来るようになるはずのことが、

今すぐできていないことが、悔しい。 

 

やるべきことも、完成形も見えているのに、

そこに体と脳の動きがついてこない。

もどかしくて腹立たしくて、

「ぬぁあっ!!!」とテーブルをひっくり返したくなる。

 

でも、そう言ってるだけでは

何も変わらない。

ただ、やるべきことをやって、

出来るべきことを出来るようになるしかない。

 

「めっちゃおもろいなぁ」

「楽しいなぁ」

 

ただひたすらに音楽が好きで、チャットモンチーでいられることが、嬉しくて仕方がなくて。

 

そんな二人の生き様を、

ステージの下から覗き見をして、

ちょっとエネルギーを分けてもらって、

また日常に帰る。

 

ふとした瞬間に頭の中で聴こえてくるのは

『こころとあたま』

あの曲の疾走感と衝撃と、

雷が落ちてくるような痺れる感覚は、

やはりライブだとより強くなる。

 

こころとあたまと、そして体と。

そのバランスが取れた時、

ぐいっと前に進むことができると思う。

今はそう信じて、走り続けるしかない。

 そうすればきっと、

程よい力加減を掴めるようにもなる。

 

帰りたい大好きな場所と、

保ち続けたい大切な関係と、

永遠に手に入ることのない理想と、

その全てに恋をしている限り、

きっと、どんなに苦しくても

腐ることはないと思うから。

 

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衝撃!!!! 北海道以外の人って【変なところ】に入っちゃわないんですか???

え?!!!

 

検索していた手が思わず止まる。

ライティングの授業の課題の記事に、

函館に遊びに行きたくなるような、

そんな記事を書きたいなと思い、

情報を確かめていた時だった。

 

「北海道の人がむせていたので

「大丈夫?」と聞くと

「変なところに入っちゃって」と返してくる」

 

……返してくる?

 

「気管ですよね?」

 

……え、そうなの?! 

え、あれって、気管に水とかが入っちゃってるの?

え、気管って、そんなご飯とか入っちゃって大丈夫なの?? 

うぇっ? てか、北海道以外の人って、あそこが気管だって、わかってるの??? 

 

うぇっ?!!!!

 

完全にパニックです。

生まれてこの方、

むせるのは「変なところ」に入っちゃうからだと信じて疑いもしませんでした。

ゴクって飲み込むはずが、

「変なところ」に入っちゃったから、

むせて吐き出そうとしてるんだと思ってました。

 

まさか、それが、気管だったなんて……

 

しかも、あんな苦しい状況でも

「あぁ、気管に入った!」と判断できる人がいるなんて。

 

まさか

「変なところ」が方言として扱われているなんて。

 

進学するために函館から上京した時も、

それはそれは驚きの連続でした。

はじめて富良野にやってきた『北の国から』の純のように、毎日毎日全力で驚いていました。

 

「やきとり」って言ったのに、どうして何も聞かずに鶏肉が出てくるんですか?! 

 

お正月なのに口取りが売ってないなんて、どういうことですか? エビからいこうか鯛からいこうか、むしろさくらんぼにしちゃおうか、迷えないじゃないですか!!!

 

七夕にお菓子をもらえなかったら、夏休みのおやつはどうするんですか?! 

 

まだ18歳の若かったわたしには、東京がまるで異国の地のように感じられました。

しまいには、自分の名前の発音まで直される始末……

カルチャーショックの連続。

 

それでも、30歳を過ぎて大人になり

大体のことは「あ、そんなこともあるのねー」と

受け入れられるようになってきました。

 

だけど、今回は久しぶりにひっくり返るような衝撃を受けました。

「変なところ」が「気管」だったとは。

「変なところ」という表現が方言と認識されているとは。

 

てか「気管」だと世間的に認識されているのに

「変なところ入っちゃったー」とか言ってたなんて、恥ずかしいな。

「変なところ」ってどこだよ。

 

あー、これから先、

「変なところ」に入っちゃった時、

なんて言ったらいいんだろう。

格好つけて「気管に入っちゃった」って言える余裕があるかな。

うっかり癖で「変なところ」って言った瞬間、恥ずかしくなっちゃって笑っちゃって、

さらにむせて苦しくならないかな。

 

「うへっ、ぶへっ、あぁ、変なところに、あ、変なところじゃなくて、うぇーっへい、うぇっへぃ、どこだっけ、あの、うぇーっへい、あー苦しい」って、ならないかな。

 

これから人前でなんか飲むときは妙な緊張感が走りそうだな。

 

北海道のみなさん、むせるあそこは変なところじゃないそうです。気管だそうです。

 

道外のみなさん、いつもむせる度に

「ん?」と思わせてごめんなさい。

ちなみに、函館は北海道の持つところじゃありません。そんなとこ持ったらポキっともげてしまいます。

 

お互い驚きは色々ありますが、これからも道産子を、北海道をどうぞよろしくお願いします。

ゆずの「サヨナラバス」を聞いて思い出すのは、あの日のナポレオンズと、機内でもらえなかったジュースのこと

台所でネギを切っていた時だ。

「あ…….」

テレビから懐かしいメロディが聞こえてきた。

 

思わず右手に包丁を持ったままテレビを覗き込む。

「懐かしいなぁ」

鼻歌をうたいながらネギを刻んでいると、自然とぶわっと涙が滲んでくる。

 

「あはは、あの時ジュースもらえなかったんだよな」

ひとりで泣いたり笑ったり大忙しだ。

 

あれはもう、16〜7年も前になるだろうか。

あの日、わたしは函館空港にいた。

今みたいにキレイにリニューアルされる前で、もっと狭くて古くて、味のある青い空港の頃だった。

 

その時のわたしはまだ16歳。

ボブにした髪の毛は、

右側も左側も、いつも右側に流れていた。

 

確か、お気に入りのブルーのチェックの半袖のシャツを羽織り、緑か赤のリストバンドをしていたと思う。

それに存在感の強いミレーの大きなリュックを背負って、いかにも田舎の元気な高校生の格好をして、空港のベンチに座っていた。

 

最初は、同じクラスの男の子2人がやってきた。昨日観たテレビの話とか、今日来ている服の話をしながら、いつものように笑っていた。

 

そのうちに、仲良しの女の子の友達がやってきて、ワイワイ賑やかに騒いでいた。

わたしの好きな人の名前で終わるしりとりで遊びながら、いつもと変わらず、みんなで笑っていた。

 

このままこの時間がずっと続けばいいのに。

腕時計の針がどんどん進んでいくうちに、ドキドキする鼓動も早くなっていった。

 

「ちょっとちょっとそこのきみぃ〜」

屋上のゲームセンターで16画素くらいしかなさそうな、今となってはアナログと呼ばれそうなほど荒いプリクラを交代で撮った。

 

歩くと「カーンカーン」とうるさい音の鳴る階段をゆっくり降りていく。

なぜか階段の下にはマジシャンのナポレオンズがいて、高校生に囲まれて人だかりになっていた。

 

「ん?」

気付くとポッケの中でPHSがブーブー鳴っている。

画面を見ると幼馴染の名前。

 

「なんで?(笑)」

すぐ近くにいるのに、わざわざ電話をかけてきた。

 

「ちゃんと話せないと困るだろ。ちょっと待ってろ」

そう言って、ちゃんと最後に挨拶したい人たちに代わってくれた。

 

あぁ。行きたくないな。

こんなに大好きな人がいるのに、離れたくないな。

 

思わず、涙が浮かんでくる。

 

ーー行くって決めたのは、自分だ。

 

空いている方の手で拳をギュッと握った。

泣いたら、わけがわかんなくなる。

見える景色も真っ白になって、体は熱くなって、時間はあっという間に過ぎる。

話も出来なくなるのはいやだ。

ちゃんと覚えていたい。

 

そう思って、いつもみたいに一緒に笑った。

みんなの声を必死で聞いて、みんなの顔を何度も見て、いつまでも忘れないようにしようと、脳に刻みつけた。

 

「したら行くね」

「うん、待ってるからね」

 

みんなに手を振って、わたしだけゲートをくぐって向こう側に行った。

自分の足で進まなきゃいけないことが、こんなにも辛いことだなんて、はじめて知った。

 

「よし、がんばろう」

窓側の席に座り、覚悟を決めて、カチッとシートベルトを締めた時だった。

 

ふっと窓の外を見ると、空港の屋上が見えた。

みんなが、いた。

20人くらいいたのかな。

もっとかな。

横にずらっと一列に並んでいる。

時々奥の方にいる人も、いる。

窓の向こうに、みんながいた。

 

何かを叫んでる……?

いや、歌ってる!!!

 

気付いた瞬間、それまで我慢していた涙が溢れ出した。

みんなの姿が見たくって、何度も何度も拭うのに、涙は止まってくれなかった。

 

あれは、

みんなが歌っているのは、サヨナラバスだ。

ゆずが歌うお別れの曲。

みんなで何度も歌ったし、

わたしにも歌ってくれた。

 

飛行機の厚い窓の向こう側。

決して聞こえてこないサヨナラバス

だけど、泣きながら全身で叫んでいる友達の姿に、涙が止まらなかった。

 

ありがとう。

自分は本当に幸せもので、これは人生のピークだとも思った。

大好きな人たちが、自分のために来てくれて歌ってくれるなんて、そんなしあわせは、求めて手に入れられるものじゃない。

 

みんなに出会えてよかった。

本当にしあわせだ。

それなのに、どうして自分はみんなから一年も離れるなんて決めたんだろう。

アメリカに行こうなんて思ったんだろう。

英語なんてできるようにならなくたって、夢なんて叶えなくたって、こんなにしあわせなのに。

 

貴重な日本のポケットティッシュを、あっという間に使ってしまった。

まだ、函館空港からすら飛び立っていないというのに。

これから羽田に行って、そこからさらに1年間、アメリカに行って暮らすと言うのに。

 

気持ちを落ち着けているうちに、飛行機はあっという間に雲の上だった。

泣き過ぎて喉はカラカラだったけど、ドリンクサービスが近づいて来ると思わず目を閉じた。

体をギュッと窓側にねじって、顔を見られないようにして、眠っているふりをした。

 

「ど、どうしました? 大丈夫ですか? お、お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか?」

顔を見られたら、恐らくフライトアテンダントのお姉さんは慌ててそう叫んだだろう。

 

それくらい、泣きじゃくって、顔がおかしなことになっていた。

 

田舎の高校生は、機内でもらうジュースに憧れていたけど、ギュッと目をつむって、グッと我慢した。

 

帰国してから何年も経って、

あの時授業の途中で学校を飛び出し、見送りに来てくれた友人が

先生にこっぴどく叱られたことを知った。

それなのにわたしは、

何も知らずに

「アメリカ人デカくて怖いよ」とか

「英語が通じないよ」とかメールをする度に弱音を吐いていた。

「大丈夫だよ、待ってるからね!」

「がんばってるのは、やすえだけじゃないよ! 一緒にがんばろう!」

どんな気持ちで、そうやっていつも励ましてくれたんだろう。

どんだけ愛情深くて心の広い人たちなんだろう。

今となっては1年なんて一瞬だけど、あの頃の1年間は長かった。

いつまでも終わらないんじゃないかと思う日々の中で、日本にいる友人の存在だけが、心の支えだった。

あれから16年くらいが経って、今でも高校時代の友人に支えられて生きている。

それぞれが活躍する様子を聞く度に、「自分もがんばろう!」と奮起することができる。

 

久しぶりにテレビから流れてきたゆずの「サヨナラバス」が、あの日の記憶をハッキリと蘇らせてくれた。

同時に、あの時の倍の年齢になった今だから気付けることや感じられる感情も生まれていた。

 

 「あはは、なんでジュース飲めなかったとか覚えてるんだろう(笑)」

ひとりで泣いて笑って、刻んだネギを豆腐の上にのせた。

あれから大人になって変わったこともあれば、ずっと変わらないこともある。

これからも、この先も、ゆずは時々「サヨナラバス」を歌ってくれるだろうか。

おばさんになっても、おばあちゃんになっても、きっとあのハーモニカを聞いた瞬間、わたしはあの日の16歳に戻ることができるだろう。

「ひぃっ」

生姜の代わりにのせたワサビが鼻にツーンとくる。

大人の毎日も、泣いたり笑ったり、いそがしい。