本当にほしいものはなんだったのかな。でも、少なくとも、あの時は楽しかったね!
「そんなの当たり前じゃん」っていうことは、当たり前じゃないから。
それを、ぶっ壊すには、インドがいい。
そんな話を聞いてたら、ふと、あの子のことを思い出した。
「え、ぼく? それほんとにぼく? 嘘ぉ〜?!」って笑っていたあの子のことを。
もう10年も前になるだろうか。
ちょっとばかし、フィリピンに暮らしていたことがある。
フィリピンの人は楽しい。
底抜けに明るい。
こどもの目なんて、キラッキラしてる。
でも、
生活は楽じゃない。
家族を守るため、
今日のご飯を手に入れるためなら、
信念を曲げざるを得ないこともあるだろう。
そうやって一度自分に嘘をついてしまうと、何がほんとかわからなくなる。
がんばらなくたって、
まじめじゃなくたって、
むしろその方が、今日のご飯は食べれるからだ。
「お姉さぁん、お願い」
ふと振り返ると、真っ黒に汚れた手の少年が、私の腕のあたりを触っている。
トントンと叩くのではなく、
触れるか触れないかくらいの、
だけど、ねちっこい触り方だ。
上目遣いの少年は、口元に手を当て、眉を下げ、言葉に出さずに、媚びたような動きをしている。
物乞いだ。
フィリピンの街中にはよくいる。
そうしないと生きていけない人もいれば、
そうすれば生きていけるからやってる人もいる。
こどもの場合、大人にやらされてる場合もある。
最初のうちは、どうしていいかわからなかった。
かわいそうな気持ちと、ちょっと怖い気持ち。
財布でも開いた瞬間に全部盗られてしまうんじゃないか。
裏ボスが出てきて殴られたりするかもしれない。
そんな被害妄想を広げては怖がっていた。
でも、ある時、ふと思ったのだ。
本当に、お金をあげるのが、答えなのかな、と。
現地の人は、案外、小銭を渡す人が多い。
「正しいかどうか」
「本当の正解は?」なんて考えない。
「だってかわいそうじゃない」
返ってくるのは、その一言だけだ。
だけど。
日本人のわたしは、
外国人のわたしは、
それでいいのかなー、と、うんうん考えてしまう。
そしてある時、思った。
「彼らが本当にほしいものは、なんだろう」と。
現地の人が小銭を渡すと、彼らはそれをスッと受け取り、どこかへ行ってしまう。
「お腹が空いてるんだ」という少年に、持ってたパンをあげたら「それじゃなくてさぁ……」と断られたこともある。
そしてある時。
また少年がこちらに手を伸ばしてきたとき、
思わず、その手を取って握手をした。
「え?!」
彼はとても驚き目をパチパチしている。
「なんだ、手を伸ばしてきたから握手かと思ったよ」
そういうとびっくりしながらも「うん、もう1回! それにしよう」と言って、握手をしたり手をブンブン振ったりして、しばらく遊んでいた。
ある時は、手を伸ばしてきたので
「いぇーい」と言って、ハイタッチをしてみた。
「いやいやそうじゃなくて」
と言ってまた手を出してきたので
「いぇーい」と言って、またハイタッチをした。
すると、少年は笑い出し「イェーイ」と言って自分からハイタッチを求めてきた。
それ以来、彼は街で会うたび、「イェーイ」と言って、ハイタッチをするようになった。
またある少年が「お姉さん、お願いします……」と手を伸ばしてきたときは
「いやいや、わたしにちょうだいよ!」と言ってみた。
少年はびっくりして「え! いや、僕にちょうだいよ」とちょっと強気に返してくる。
だから
「いやいや、こないだあそこのお店で買い食いしてたでしょ! ずるいよ、あのお店高いじゃん! わたしよりいいもの食べてんじゃん!」っていうと「え、見てたの?! いついつ、どこで?! あそこ? あそこの店??」と嬉しそうに返してくる。
それ以来会うたびに「あのお店で僕を見たんだよね?」と笑って話しかけてくる。
もしかしたら、お金をドーーーンとあげたら、それはそれで、彼らは喜んだのかもしれない。
「今日」や「明日」くらいは楽になったかもしれない。
でも。
わたしには、そんなお金はなかった。
それに。
せっかく出会ったんだから、何か、自分しかしないような、ちょっとふふっと笑って元気が出るようなことができたら、楽しいなぁと思った。
育った環境も、これから生きていく環境もちがう。
だから。
「本当にほしいもの」
「正解」
「正しい答え」なんて、わからない。
だけど。
時間がたった今も、彼らのあの笑顔は、覚えている。
物乞いらしくしていた表情が、
クシャッと崩れて、その人らしさが見えた瞬間。
「え、ぼく? それほんとにぼく? 嘘ぉ〜?!」って笑っていたあの瞬間。
そんな瞬間に出会えることこそが、
一期一会、なのかもしれないなぁ。
そうだよ。
君だ。
あれは、紛れもなく君だ。
ちゃんと見てたよ。
嬉しそうにご飯をかきこむところ。
あれは、君だったよ。
今は、何をしているんだろうか。
もう、大人になってるなぁ。
今頃きっと、あったかい家族としあわせに、暮らしているといいなぁ。