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本日はNew Year's Eve

30代OLが「書き手」になる夢を叶えるドキュメンタリー

ゆずの「サヨナラバス」を聞いて思い出すのは、あの日のナポレオンズと、機内でもらえなかったジュースのこと

台所でネギを切っていた時だ。

「あ…….」

テレビから懐かしいメロディが聞こえてきた。

 

思わず右手に包丁を持ったままテレビを覗き込む。

「懐かしいなぁ」

鼻歌をうたいながらネギを刻んでいると、自然とぶわっと涙が滲んでくる。

 

「あはは、あの時ジュースもらえなかったんだよな」

ひとりで泣いたり笑ったり大忙しだ。

 

あれはもう、16〜7年も前になるだろうか。

あの日、わたしは函館空港にいた。

今みたいにキレイにリニューアルされる前で、もっと狭くて古くて、味のある青い空港の頃だった。

 

その時のわたしはまだ16歳。

ボブにした髪の毛は、

右側も左側も、いつも右側に流れていた。

 

確か、お気に入りのブルーのチェックの半袖のシャツを羽織り、緑か赤のリストバンドをしていたと思う。

それに存在感の強いミレーの大きなリュックを背負って、いかにも田舎の元気な高校生の格好をして、空港のベンチに座っていた。

 

最初は、同じクラスの男の子2人がやってきた。昨日観たテレビの話とか、今日来ている服の話をしながら、いつものように笑っていた。

 

そのうちに、仲良しの女の子の友達がやってきて、ワイワイ賑やかに騒いでいた。

わたしの好きな人の名前で終わるしりとりで遊びながら、いつもと変わらず、みんなで笑っていた。

 

このままこの時間がずっと続けばいいのに。

腕時計の針がどんどん進んでいくうちに、ドキドキする鼓動も早くなっていった。

 

「ちょっとちょっとそこのきみぃ〜」

屋上のゲームセンターで16画素くらいしかなさそうな、今となってはアナログと呼ばれそうなほど荒いプリクラを交代で撮った。

 

歩くと「カーンカーン」とうるさい音の鳴る階段をゆっくり降りていく。

なぜか階段の下にはマジシャンのナポレオンズがいて、高校生に囲まれて人だかりになっていた。

 

「ん?」

気付くとポッケの中でPHSがブーブー鳴っている。

画面を見ると幼馴染の名前。

 

「なんで?(笑)」

すぐ近くにいるのに、わざわざ電話をかけてきた。

 

「ちゃんと話せないと困るだろ。ちょっと待ってろ」

そう言って、ちゃんと最後に挨拶したい人たちに代わってくれた。

 

あぁ。行きたくないな。

こんなに大好きな人がいるのに、離れたくないな。

 

思わず、涙が浮かんでくる。

 

ーー行くって決めたのは、自分だ。

 

空いている方の手で拳をギュッと握った。

泣いたら、わけがわかんなくなる。

見える景色も真っ白になって、体は熱くなって、時間はあっという間に過ぎる。

話も出来なくなるのはいやだ。

ちゃんと覚えていたい。

 

そう思って、いつもみたいに一緒に笑った。

みんなの声を必死で聞いて、みんなの顔を何度も見て、いつまでも忘れないようにしようと、脳に刻みつけた。

 

「したら行くね」

「うん、待ってるからね」

 

みんなに手を振って、わたしだけゲートをくぐって向こう側に行った。

自分の足で進まなきゃいけないことが、こんなにも辛いことだなんて、はじめて知った。

 

「よし、がんばろう」

窓側の席に座り、覚悟を決めて、カチッとシートベルトを締めた時だった。

 

ふっと窓の外を見ると、空港の屋上が見えた。

みんなが、いた。

20人くらいいたのかな。

もっとかな。

横にずらっと一列に並んでいる。

時々奥の方にいる人も、いる。

窓の向こうに、みんながいた。

 

何かを叫んでる……?

いや、歌ってる!!!

 

気付いた瞬間、それまで我慢していた涙が溢れ出した。

みんなの姿が見たくって、何度も何度も拭うのに、涙は止まってくれなかった。

 

あれは、

みんなが歌っているのは、サヨナラバスだ。

ゆずが歌うお別れの曲。

みんなで何度も歌ったし、

わたしにも歌ってくれた。

 

飛行機の厚い窓の向こう側。

決して聞こえてこないサヨナラバス

だけど、泣きながら全身で叫んでいる友達の姿に、涙が止まらなかった。

 

ありがとう。

自分は本当に幸せもので、これは人生のピークだとも思った。

大好きな人たちが、自分のために来てくれて歌ってくれるなんて、そんなしあわせは、求めて手に入れられるものじゃない。

 

みんなに出会えてよかった。

本当にしあわせだ。

それなのに、どうして自分はみんなから一年も離れるなんて決めたんだろう。

アメリカに行こうなんて思ったんだろう。

英語なんてできるようにならなくたって、夢なんて叶えなくたって、こんなにしあわせなのに。

 

貴重な日本のポケットティッシュを、あっという間に使ってしまった。

まだ、函館空港からすら飛び立っていないというのに。

これから羽田に行って、そこからさらに1年間、アメリカに行って暮らすと言うのに。

 

気持ちを落ち着けているうちに、飛行機はあっという間に雲の上だった。

泣き過ぎて喉はカラカラだったけど、ドリンクサービスが近づいて来ると思わず目を閉じた。

体をギュッと窓側にねじって、顔を見られないようにして、眠っているふりをした。

 

「ど、どうしました? 大丈夫ですか? お、お客様の中に、お医者様はいらっしゃいませんか?」

顔を見られたら、恐らくフライトアテンダントのお姉さんは慌ててそう叫んだだろう。

 

それくらい、泣きじゃくって、顔がおかしなことになっていた。

 

田舎の高校生は、機内でもらうジュースに憧れていたけど、ギュッと目をつむって、グッと我慢した。

 

帰国してから何年も経って、

あの時授業の途中で学校を飛び出し、見送りに来てくれた友人が

先生にこっぴどく叱られたことを知った。

それなのにわたしは、

何も知らずに

「アメリカ人デカくて怖いよ」とか

「英語が通じないよ」とかメールをする度に弱音を吐いていた。

「大丈夫だよ、待ってるからね!」

「がんばってるのは、やすえだけじゃないよ! 一緒にがんばろう!」

どんな気持ちで、そうやっていつも励ましてくれたんだろう。

どんだけ愛情深くて心の広い人たちなんだろう。

今となっては1年なんて一瞬だけど、あの頃の1年間は長かった。

いつまでも終わらないんじゃないかと思う日々の中で、日本にいる友人の存在だけが、心の支えだった。

あれから16年くらいが経って、今でも高校時代の友人に支えられて生きている。

それぞれが活躍する様子を聞く度に、「自分もがんばろう!」と奮起することができる。

 

久しぶりにテレビから流れてきたゆずの「サヨナラバス」が、あの日の記憶をハッキリと蘇らせてくれた。

同時に、あの時の倍の年齢になった今だから気付けることや感じられる感情も生まれていた。

 

 「あはは、なんでジュース飲めなかったとか覚えてるんだろう(笑)」

ひとりで泣いて笑って、刻んだネギを豆腐の上にのせた。

あれから大人になって変わったこともあれば、ずっと変わらないこともある。

これからも、この先も、ゆずは時々「サヨナラバス」を歌ってくれるだろうか。

おばさんになっても、おばあちゃんになっても、きっとあのハーモニカを聞いた瞬間、わたしはあの日の16歳に戻ることができるだろう。

「ひぃっ」

生姜の代わりにのせたワサビが鼻にツーンとくる。

大人の毎日も、泣いたり笑ったり、いそがしい。