本日はNew Year's Eve

30代OLが「書き手」になる夢を叶えるドキュメンタリー

子猫姉さんとおデブちんへ

「忘れがたいっていうのは、つまり好きってことなんでしょうね」

 

うん。

そうなんでしょうね。

 

ほんとうに。

 

そう思います。

 

わたしにもかつては、いました。

 

いつもぴったり寄り添うパートナー。

忘れ難き存在が。

 

二人。

 

と言えばややこしくなりますか。

 

二匹。

 

そう。

 

気の合う猫が、過去に二匹おりました。

 

アメリカ留学中、ホームステイ先で出会ったミス・キティ。

「子猫姉さん」ってところでしょうか。

 

当時まだ16歳のわたしは、完全なる犬派で、

むしろ猫は怖いと思っていました。

 

でも一年間の留学が終わった時、

そこで出会った誰よりも離れ難かったのは、

子猫姉さんでした。

 

夢だったアメリカでの留学生活は、

なかなか厳しいことも多く、

「夢が叶った( ˆoˆ )/」と浮かれる余裕もありません。

 

今よりさらに未熟者のわたしは、

生まれて初めて経験する

「自分だけが違う」

に、戸惑うばかりでした。

 

家族と一緒にいても、自分だけが馴染めない。

学校へ行っても「英語が話せない日本人」と笑われる。

 

目立ちたいとか、特別な存在になりたいとか、そんなことは願ってない。

ただ、そこにいたい。

そこにいてもいい人になりたいのに、

いつまで経ってもピョコッと浮いてしまい、

異質な存在になってしまう。

 

英語を覚えることよりも、

周囲に溶け込むことのほうが、

ずっと難しく、答えは見えそうになかった。

 

そんな時、いつも変わらず淡々とわたしを受け入れてくれたのが、子猫姉さんでした。

 

日本語で愚痴ってると、

「知るか」と、一瞥をくれてプイッとどこかへ行ってしまう。

 

なのに、一人でメソメソ泣いてると、

「やれやれ。言ってみなさい」

とため息まじりに寄ってきて、

ジーンズの裾に真っ白な毛をこすりつける。

「ほら、しあわせの白い毛。

これであんたもしあわせだ!」と、

似合わない冗談を言ってくるから、

なんだか可笑しくなって、涙も止まって笑けてくる。

 

あの一年。

子猫姉さんがいてくれたから、わたしは最後まで終わらせることができた。

 

時々来てくれなくて、一人で眠る淋しい夜。

目を閉じれば、すぐに涙が落ちて来た。

寝てしまえれば楽なのに、うつらうつら夢と現実を行き来する。

そんな時、夜中にひょいっとあったかい重みが乗ってくる。

「あぁ、ここでもひとりじゃない」

そう思うと、安心して眠ることができた。

 

「忘れがたいっていうのは、つまり好きってことなんでしょうね」

 

えぇ。

まったくその通りです、吉本さん。

わたしは、もう十五年を過ぎた今でも、

子猫姉さんを、忘れがたい。

今でも、会いたくなる。

それは、好きってことなんだと、思うんです。

 

 

つい最近までは、もう一匹いたんです。

30歳になる目前で出てきた東京で出会った一匹が。

 

鶏のからあげみたいに、まるまる太った、おデブちん。

 

会社の建物の手前の角を曲がると、

おデブちんはいつもそこで日向ぼっこをしていて。

 

わたしがネズミの声を出しながら近づいて行くと、うーーーっと伸びをして、

のっそのっそと近づいてくる。

 

ちょうど足下にやってくると、

「あれ? ネズミ見ませんでした?

この辺にいたと思うんすけどねぇ」

と言いながら、

重たくノロい動きで足にからんでくる。

 

たまーに女子大生にお菓子をもらっているおデブちん。

ちょうどわたしが裏口から出ると、

彼女の白くて細い手から、おやつを口で受け取る瞬間。

 

「いやぁ、ワシはいらん言うてんねん。

この人が無理に言うからな……

ワシは仕方なーく……あぁ、おいし」

 

と、

 

ウットリとした目をこちらに向けてくる。

 

暑い季節がくると少し痩せて、

寒い季節がくると、でっぷり太るおデブちん。

 

 

どこいったん。

 

 

ある日突然いなくなったおデブちん。

 

会社行きたくないなーって日も、

電車とかもういやだよーって日も、

よし、がんばるぞーって日も。

 

どんな日も、おデブちんがのっそのっそと来てくれてたから、がんばれてた。

 

おデブちん。

どこいったん。

 

姿を見なくなってもう一年は経ったのかな。

 

「忘れがたいっていうのは、つまり好きってことなんでしょうね」

 

そうなんです、吉本さん。

わたしは、おデブちんが、大好きでした。

だからこそ、忘れがたい。

もう、いないことには、したくない。

 

でも、仕方がない。

 

いつもおデブちんが日向ぼっこしてたその場所は、最近喫煙所に変わりました。

 

朝から疲れた顔の人がプハーっと煙を吐き、

わたしはそれを、頭にかぶりながら出勤するのです。

 

特に大きな意味はなく、ただそれだけの日常ですが、時々、なんだかなーと思ったりもします。

 

またいつか、忘れがたい一匹は、

わたしの元にやってきてくれるでしょうか。

 特別な猫さんに、会える日は来るのでしょうか。

 

それまでは。

 

吉本隆明さんのフランシス子が、こころの友です。

 

これと言って特別なところはない。

だけど、自分にとっては大切な存在。

「うつし」のようにぴったり寄り添う猫さん。

 

哲学者・吉本隆明さんが、ゆっくりやわらかく語ることばが、染みてきます。

 

なんだかわからないけど、

吉本さんのことばを読んでいると、

忘れがたい大切な猫さんと一緒にいるときの、

あのやわらかくてあたたかい気持ちになれるんです。

 

気まぐれに。

目的を見据えたらまっすぐに。

ただ、ぴったりと寄り添って。

 

寒い日は、猫さんに会いたくなります。

寒い夜は、猫さんの本が読みたくなります。

 

フランシス子へ (講談社文庫)

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