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本日はNew Year's Eve

30代OLが「書き手」になる夢を叶えるドキュメンタリー

magandang umaga

日記

明けましておめでとうございます!

昨年末から始めたこのブログ、

今年も本日より更新していきます!

 よろしくお願いしますm(__)m

 

***

 

大学卒業してから二年弱、

南国 フィリピンに暮らしていたことがある。

 

「Magandang umaga」

マガンダン ウマガ

 

それは彼らの朝の挨拶。

 直訳すると「美しい朝」という意味の言葉。

 

外国人であるわたしは、

「あなた達の仲間にしてください。

友達になりたいです」という思いを込め、

英語ではなくタガログ語で挨拶をしていた。

 

歌うように、ご機嫌なかんじで

マガンダン ウマーガーと声をかけると

グッモーニーンと言うよりも

スッと仲間に入れてもらえる。

 

それ以来、マガンダン ウマガは

挨拶の言葉として認識していた。

 

ところがある日。

山の中にある地域にホームステイをし、

朝早く乗り合いバスに乗り、仕事先に出かけた。

 

ジープニーと呼ばれる乗合バスは、

客席が向き合うベンチになっていて、

窓やドアもガラスが無く開け放たれている。

 

風をあびながら外をボーッと眺めていた時。

 

だだっ広い草むらの向こうに広がる地平線に、

昇り始めた太陽の光が、力強く降り注いでいた。

 

「magandang umaga……」

思わずそう呟いた。

 

なんてキレイな朝なんだろう。

美しい朝なんだろう。

 

風をあびながら、

太陽の光をあびながら、

地平線を眺めていると、

ただそれだけの朝が、

有り難くしあわせなことに思えてくる。

 

「美しい朝ですね」

そう言って1日を始められたら、

どんな毎日も大切に思えるような気がした。

 

f:id:jasmin_333:20170104235214j:plain 

 

久しぶりに過ごした家族との朝。

シンと空気の冷える懐かしい故郷の朝は、

変わらず美しかった。

 

f:id:jasmin_333:20170104235333j:plain 

 

友人と毎年見ている初日の出も、

今年は特にキレイだった。

 

magandang umaga

美しい朝。

 

仕事始めの朝は辛いけど、

きっと、明日の朝も美しいはずだ。

 

それは、フィリピンでも、故郷でも、東京でも。

自分自身の見方や心の持ち方を変えれば、

きっと朝は変わらず美しいはず。

 

magandang umaga

マガンダン ウマガ

 

そう挨拶する人は身近にいないけど、

心の中で呟いてみよう。

 

フィリピンで暮らしていたころの挨拶は、

今、朝の気分を上げる、

毎日を楽しくするためのおまじないの言葉に変わった。

 

 さぁ、お正月気分を脱出だー\\\\٩( 'ω' )و ////

 

 

 

「案ずるより産むが易し」と言うために

痛てててて……

ふ、太ももがちぎれるーー!!!!

 

ここ数年、大晦日はヨガ講師をしている友人にレッスンを受けている。

同級生が集まり、年の終わりに心も体もスッキリし、新しい年に期待を込める。

 

今年は妊婦さんも参加したので、

お腹を圧迫しないマタニティヨガをすることに。

 

妊娠中ではない女性でも、

月経痛の軽減や更年期症状予防のために

続けてみるとよいという。

 

ーーそうは言っても妊婦さんに安全なヨガでしょ。

楽勝、楽勝♪

 

心の中でそう思っていた。

 

ところが、だ。

「む、無理〜!」

最初に悲鳴をあげたのは、妊娠の予定もない、独身気ままな、わたしだった。

 

好きなものを食べ、好きな時に好きなことをし、

ストレスなんてないはずなのに。

いや、だからこそ

甘やかしに甘やかした体は、即座に悲鳴をあげた。

 

「出産は女性の生涯において、一番体力を消費すると言われています」

 

ヨガ講師の友人が言うように、

出産するためには、とてつもない体力が必要だ。

農作業をしていた昔に比べ、圧倒的に今は体を動かす時間が短い。

便利な家電に頼り、デスクワークで座り放題、自主的に体を動かしていないわたしの身体が、

そんな運動量に耐えきれるわけがない。

 そもそも普段から運動している男性陣だって、「これは効くなぁ〜」と言っていたのだ。

 

 

「痛てててて……
ふ、太ももがちぎれるーー!!!!

無理ー!産めなーい!!!!」

 

半泣きでポーズを取るわたしの叫び虚しく、

「はい、もう一呼吸〜」と

レッスンは続いていく。

 

案ずるより産むが易し。

 

わたしの場合、産むためにはまず案じなければいけないのかもしれない。

 

今の自分と向き合い、

何が足りないかに気付き、

どうやって補い、さらにプラスにしていくのか。

じっくり思案し、準備していく。

 

アイディアも、

文章も、

仕事も、

人間関係も、コミュニケーションも。

 

産むためには、

何か成果を出すためには、

産む前に、案ずる前に、

ひたすら考え準備をしていく。

 

「悩む前にやっちゃったほうがいいよね」

 

そんな出たとこ勝負の生き方は、

三十路も過ぎたこれからは、

そろそろ通用しないのかもしれない。

 

案ずるより産むが易し。

そう言えるように、

そんな結果を出せるために。

 

新しい年は、

心身ともに鍛え、

言葉も見た目も磨き、

新しいものを生み出していく。

 

そんな一年にしたいと思います。

 

さて、本日はNew Year's Eve.

大晦日です。

 

セカンドチャンスは0時まで有効。

一度立ち止まり、振り返る。

残りの時間を、今年のためにつかう。

 

すべての有難きことに感謝を込めて。

新しい年が、幸多き1年になりますように☆

 

 

【北海道を読む】①日ハム栗山監督に学ぶ愛されるヒント

2016年世帯視聴率ベスト20

第1位  ダッグアウト 58.1%

 

ん? 

 

ダッグアウト?? 

 

ん? 

 

……58.1%?!

 

思わず持っていた新聞を二度見した。

北海道の地方紙、

北海道新聞に掲載されていた

『今年の札幌地区 世帯視聴率ベスト20』

 

第1位はダッグアウト日本ハムファイターズの日本一が決定した後の中継等)

58.1%

 

ランキングを見てみると1〜9位までは日ハム関連。

10位は夏の甲子園準決勝で地元・北海高校が熊本の秀岳館に勝利した試合 30.0%

11位が1月の解散報道を受け、SMAP5名が生謝罪したSMAP×SMAP

 

なんじゃこりゃー!

東京で暮らしていると、

情報や流行は東京で作られているかのように感じてしまう。

東京が発信源となり、地方はそれを受け取っていく。

でもそうじゃない。

地方で独自に作られた文化や流行は、濃厚に伝染していく。

 熱が下がらないまま広がっていくから、一定の地域内ではどんどん、激熱になっていく。

 

道内の日ハム人気、半端ないぞ。

テレビでも毎日特集があるし、新聞にも必ず記事が出ているし、本屋さんに行っても特集コーナーがある。

日本シリーズの優勝もあってか、数年前より格段に人気が高まっている。

 

これは、気になる。

元々野球を見るのは好きだけど、実家を出てからは、ほとんど触れる機会がなくなった。

試合はまず見ないし、スポーツニュースもチェックしない。

広島が優勝して神ってたくらいは知っているが、それ以上の知識はない。

 

だけど、これは気になる。

 

視聴率58.1%って。

比べ方がわからないけど、

東京で名前を聞かない日がない

映画『君の名は。』ばりのヒットなんじゃないか?

 

そこで本屋さんの日ハムコーナーから一冊選んできた。

 

 伝える。

 

伝える。

 

 

 

北海道日本ハムファイターズ栗山英樹監督が就任後2年目に出した書籍『伝える。言葉より強い武器はない』

  

 栗山監督の本は何冊か出ているが、

自分にも役立ちそうな「言葉」をテーマにしている一冊を選んだ。

 

読んで見ると、野球ファン、日ハムファンでなければ難しい箇所もあるが、運動音痴のわたしでも学ぶことは多い。

 

チームを率いる監督として大切にしていることは、どうやら事務系OLの仕事やコミュニケーションにも活かせそうだ。

仕事でもプライベートでも、愛される人になるヒントが満載。

中でも実践したいのは、次の三つ。

 

①本を読む

②感動を共有する

③一方通行で愛し続ける

 

①本を読む

これはどの分野でも成功している人の共通点に上げられるひとつ。

この本の中でも、栗山監督の読書について触れられている。

読書家の人よりも、普段は読みたいけど時間が無い、何を読んだらいいかわからない、という人に共感を得られると思う。

最近は読書家の人達と接することが多くなったわたしは、気付くと、本を選ぶ時に少し格好つけるようになっていたかもしれない。

難しい本を選びたくなってしまっていたかもしれない。

その結果、本を開くことが億劫になってしまう。

それじゃ、本末転倒だ。

栗山監督の読書術は、シンプルで、理にかなっているかもしれない。

何より西加奈子の『ふくわらい』を紹介しているところに親近感がわく! 

しかも難しい名著や古典はCDで聞くというのも、ぐんと敷居が下がりそうだ。

この本の中で紹介されている本も、今度読んでみようと思う。

 

②感動を共有する

栗山監督は、考え抜くこと、言語化することの重要性を説いている。

常に考えやデータが言語化できていないと、瞬時の判断ができないという。

その一方で、言葉では表せない感覚も大事にしている。

特に、思いや感動の共有。

これは、コミュニケーションにおいても重要なことで、書く時にも欠かせない要素だ。

 

考え抜いて思いを言語化することで、相手の想像力に制限をかけて、共有する情報をより明確にする。

その上で言葉にしきれない思いを表現することで、相手の感動の熱を上げる。

これは一朝一夕でできるものではない。

本を読み、人から学び、実践し、失敗し、段々と身につけていける技術だ。

監督の指導力も、書き手としての表現力も、ひとりの人間としてのコミュニケーション能力も一緒なのかもしれない。

「伝える」「伝わる」ということは、

いかに感動を共有できるかに、関わってくる。

 

③一方通行で愛し続ける

監督が選手と接する時は、一定の距離を保ちながらも、片思いのように一方通行で愛し続けるという。

 

これにはハッ! とした。

「モテたい」「愛されたい」と願う時、わたしは完全に受け身の体制でいる。

頑張らずに楽なままで人に好かれるにはどうしたらいいのか。

そんな風にしか考えていなかった。

でも、そうじゃない。

例えフラれても、報われなくても、自らが一方通行で愛し続け、思いを発信し続ける。

そうでなければ、相手から勝手に寄って来てくれるなんて、そんな都合の良い話はないんだ。

 

営業でも職場でも、友人も恋愛も、

文章を書く時もそう。

どんな場面でも、

愛される人とわたしの違いはここなんじゃないだろうか。

好かれるまで待っているのか、

自ら片思いで愛し続けるのか。

断然後者の方が勇気もいるし、努力も必要だ。

でも前者でいたら、宝くじが当たるのを願っているだけで、自分では何もしないのと一緒だ。

夢も人間関係もどんなことも、

願いを叶えるには、自らが動くしかない。

答えはシンプルだ。

 

まだまだ一冊だけでは、

栗山監督を、北海道内での日ハム人気を理解するには程遠い。

 

でもこの3つを続けていけば、

愛される人になる、人気を集める秘密が少しずつ理解できるかもしれない。

 

①本を読む

②感動を共有する

③一方通行で愛し続ける 

 

まずは、実践あるのみ。

寝て起きたら、早速挑戦してみよう。

満員電車での格闘。もしもわたしがあの人だったら、あんなことにはならなかったのかもしれない。

やっべーーーーー

 

さっきの駅で降りたと思ったお姉さんが、

視界に入った。

 

な、泣いてる。

ど、どうしよう。

あの人泣かしたの、わたしなのかな……

 

 

それは、平日の朝の満員電車で起こった出来事。

荷物挟まりとかなんとかで電車は次々遅れ、いつもよりぎゅうぎゅう詰め。

だから正直、わたしの勘違いもあるかもしれない。

もしかしたらわたしが過敏だったのかもしれないし、彼女が敏感すぎたのかもしれない。

きっかけは、ほんの些細なことだったんだと思う。

あれが、漫画や夢の中の話ならよかったのに。

 

駅のホームは、既に電車を待つ人で溢れていた。

ーーこれ、乗り切れるかな。

できるだけ前の人と距離を空けないように、小さくなって並んでいた。

 

「白線の後ろまでお下がりください!!」

 

到着した電車にどっと人が乗り込む。

押し寄せる波に押されて車内になだれ込み、

立ち止まりたくても、気づけば車内の奥まで押し込まれていた。

 

ーーひゃー、これで30分も我慢してるの辛いなぁ……

 

女性専用車両とはいえ、この日の車内は押し込まれた人達の熱気でムンムンとしていた。

どこか殺気立つものを感じるくらいに。

 

ーー痛てて……

 

電車が揺れるたびに押される。

バッグが迷惑にならないように抱え込み、ジッと耐えていた。

 

ーーん??

 

ある時から、背中に違和感を感じていた。

 

なんだろなぁ、これ。

 

ぎゅうぎゅうというか、ぐりぐり。

 

ガタンガターン

 

ぐりぐり

 

ガタンガターン

 

ぐりぐり

 

ーーねぇ。お姉さん。

あなた、肘でわたしを押し離そうとしてません?

 

隣のお姉さんが、眉間にシワを寄せながらひたすらわたしを、突き放そうと肘で押してくる。

痛いから離れようと思うけど、通勤ラッシュの電車の中にそんなスペースはない。

 

ガタンガターン

 

ぐりぐり

 

ガタンガターン

 

ぐりぐり

 

ちょっと、いい加減やめてほしいんですけど……

 

隣のお姉さんを避けようとすると、別のお姉さんをわたしが押してしまう

 

どうしたらいいんだーーー

 

ぐりぐり

 

やめろーー

 

ぐりぐり

 

いい加減にしてよ!と思って、隣のお姉さんの方を向いた瞬間。

 

「あんたが悪いのよ。私、1%も悪くないですから」

という顔のお姉さん。

 

般若のお面みたいに皺の寄ったお姉さんと目が合った。

 

瞬間。

 

「ふふっ」

 

ーーあ、やばっ

 

キッ!

ぐぉーーーーー

ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりーーー

 

お姉さんの怒りマックス!!!!

 

ーーあぁ、やってしまった。やってしまった。

お姉さんの顔を見て、つい笑ってしまった。

だって、そんな人、実在すると思わなかったから。

満員でぎゅうぎゅうなのに、ぐりぐり押してくるなんて、

コントでしか見たことなかったから。

脳が、脳が、

面白いと認識してしまったんだよーーー

 

その時、駅で数人がおり、

一瞬だけ空間ができた。

お姉さんの殺気を感じたわたしは瞬時に隙間に滑り込み、お姉さんと背中合わせになるように、体制を変えた。

 

ーーふぅ、セーーフっ!!

 

ピシッ

 

ん?

 

ピシッ?

 

え??

 

ピシッ パシッ

 

なんだ? また痛いんだけ……ピシッ

 

ひゃー!

 

背中合わせのお姉さんが、

ポニーテールを振り乱し、

わたしの頭めがけて、当ててくる!!

 

「……くくくっ」

 

あー、もうだめだーー

可笑しいよー。

ポニーテールで攻撃って。

まじで、コントじゃないか!!

あー、笑っちゃダメだと思えば思うほど、可笑しくなってくるよー

 

ピシピシピシッ

 

次の駅で停車した瞬間、

またわたしは隙間に滑り込んでお姉さんから離れた。

 

流石にこれ以上笑ったら、マジでキレられる。

でも、笑ってないと、わたしの心ももたない。

離れよう。それが一番だ。

 

それからは、相変わらず混んではいたものの、

ぐりぐりもピシピシも感じなかった。

ただいつものように、ぎゅうぎゅうだった。

 

ーーはぁ。朝から疲れたな。

 

気付けば、いつもと変わらない朝になっていた。

やがて大きな駅に止まり、人がドドドドッと降りていく。

なんとなくさっきのお姉さんが動く姿が見えた気がした。

 

ーーよかった。降りた。

あ、そういやメール返さなきゃ。

えーと、来週の件ですが……

 

すんっ

 

ーー11時頃でいかがでしょうか……

 

すすんっ

 

ーーご検討お願い致します……

 

すんっすんっ

 

ん??

 

誰か、泣いてない??

 

すんっ

 

 

 

 

 

 

はっ!

 

 

 

すんっ すんっ

 

 

 

やっべーーーーー

 

 

 

さっきの駅で降りたと思ったお姉さんが、
視界に入った。

どうやら大きな駅で人が降りた時、移動して空いてる席に座ったようだ。

浅く腰掛け、少しだけ俯き、

肩を震わせている。

 

な、泣いてる。

 

それは、いかにも悔し泣きだった。

試合に負けた少年達が目を真っ赤にして肩を震わせる様子と一緒だった。

 

ど、どうしよう。

あの人泣かしたの、わたしなのかな。

 

絶対、そうだよな。

馬鹿にされたって、思ったんだよね。

 

ごめんなさい。

 

彼女の視界に入らないよう、わたしは静かに離れた。

 

すんっすんっと、

しばらく鼻をすする音が響いていた。

 

あぁ、どうしよう。

わたしは、なんてことをしてしまったんだ。

 

きっとお姉さんは、仕事でも疲れてて、

理不尽なことを言われて心もすれすれで、

しかもプライベートもうまくいかなくて、

気持ちに余裕がなかったのかもしれない。

そんな日にぎゅうぎゅう詰にされて、

とにかく肌に触れるもの全てを許せないほど、イライラしてたのかもしれない。

 

もしもわたしが、ガッキーみたいな女子力高い素敵女子だったら、あんなことにならなかったのかな。

 

「疲れてるんですね。

ハグしませんか? きっと落ち着きますよ」とか言って、お姉さんを癒せたのかな。

 

いや、でも気持ちに余裕がなくてヒリヒリしているときは、逆に優しくされると辛くなることもある。

優しい人と自分を比べて、さらに落ち込んでしまう。

 

だとしたら、だとしたら。

 

あぁ、お姉さん。

ごめんなさい。

もしもわたしが、

もしもわたしが、

ザキヤマだったら、こんなことならなかったのに!!!!

 

アンタッチャブル山崎だったら、

誰も傷つけず、この状況を笑いに変えられたのに!!!

 

ぐりぐりされたら、

「ちょっと〜やめてよ〜

ドリルやめてよ〜

あ! ちょっと!

アゴが割れちゃったじゃない! 

ひゃ〜」

って、お姉さんが笑ってやめてくれるまで、ふざけ倒せたのに。

 

レギュラー西川くんの真似をして、

片手を上げて気絶したふりをしていたら、

イライラすることさえバカらしくなっていたかもしれない。

 

思いやりに欠ける不謹慎なわたしは、

ザキヤマを目指すべきなんだ。

中途半端にふざけないで、

徹底的にふざけ倒すべきだったんだ。

 

お姉さんにも、カンニング竹山役をお願いすればよかったんだ。

「なんなんだよ! 笑ってんじゃないよ!」って、怒りを吐き出してもらえば、スッキリしたかもしれない。

 

あー、でもそんなこと言っても無理だよなー。

ザキヤマには、なれないよなー。

やってみたところで、中途半端でわけわかんなくて、ブチ切れられるのがオチだ。

 

現状、わたしには女子力もザキヤマ力も足りない。

満員電車で穏やかに過ごすための良い策も、今はまだ思いつかない。

だからせめて、誰も傷つかないように、大人しくジッとして、本を読んでいよう。

 

満員電車から離れられる年末年始。

心身ともにリフレッシュするぞー

冬休みがー、くーるー!!!!

 

 

 

 

 

十二年に一度の恐怖

怖いなぁ、怖いなぁ

 

やだなぁ、やだなぁ

 

もうすぐ恐ろしい年がやってくる。

 

せっかく本厄が終わるっていうのに、

もっともっと恐ろしい一年が。

 

あぁ、早く再来年にならないかなぁ。

厄祓いみたいに、祓えないのかなぁ。

 

十二年に一度の恐怖。

 

それは、

 

 

酉年。

 

 

 

ちーん_| ̄|○

 

 

世の中の命あるもの全ての中で、

一番苦手なのが、鳥類です。

 

熊か蛇か鶏。

どれか一つに触らなきゃ死ぬと言われたら、

わたしは迷わず首に蛇を巻き、

熊に抱きつきます。

 

それくらい、鶏が苦手です。

この、鶏と打つだけで、

「次これでしょ?」と予測して出てくる

鶏の絵文字でさえ、消去してしまいたいほどに。

 

恐らくと言いながら、

ほぼ確信に近いのですが、

わたしの前世はミミズだったんだと思います。

 

土の中をはって、くねって進んで、

ようやく地上に顔を出した瞬間、

鶏のクチバシが突き刺さり、

ブシャーーー

 

ちーん_| ̄|○

 

上から襲われつつかれ突き刺さる恐怖。

 

あぁ、怖いなぁ。怖いなぁ。

嫌だなぁ。

 

でも、先日ちょっと考えが変わる出来事がありました。

それは、鳩がヒョコヒョコ歩くのを見て、友人が言ったこと。

 

鳥ってさ、ギプスつけると生きていけないらしいよ。

あの引いて出す動きを止めると、前に進めないんだって。

 

 

 

え、そうなの?

わたしが恐ろしくて仕方がないあの動きを止めてしまったら、生きていけないの??

 

 

だったら、いいよ。

諦めるよ。

あの動きを封じることは、諦めるよ。

 

君らは君らで、どこかで元気に生きてておくれ。

 

ただ、お互い離れたところで。

決して、出会わないところで。

 

わたしが嫌だからって、

消えろとかもう言わないから、

お互い姿を見せず、それぞれの場所で、

元気に自分らしく生きて行こう。

 

そう思っていた。

 

なのに。

 

来年は酉年やないかーい

年賀状もお守りも、あっちこっちで鳥祭りやないかーい

 

はっはっはっはっ

 

 

怖いなぁ、怖いなぁ。

十二年に一度やってくる恐ろしい年。

 

消えろなんて言わない。

わたしが隠れてもいいから、

どうかお互い出会わずひっそりと生きて行こう。

 

お願いしますm(__)m

 

 

 

「ねぇねぇ、鶏嫌いなら、鶏肉食べれないの?」

 

 

鶏が嫌いと言うと、99%聞かれる質問。

 

 

 

「それとこれとは、別の話だよ」

 

 

 

きっと向こうは向こうで、

わたしのことをおぞましい女と、

思っているのかもしれない。

「書くこと」を学び始めたわたしが、教科書にしている1冊

「愛は重い。軽くてたまるか」

 

この一文は、

わたしの2016年の流行語大賞のひとつ。

 

衝撃的だった。

 

だって、

「重い女は嫌われる」んじゃなかったの?!

重くならないように、重くならないように、と

おまじないのように自分に言い聞かせていたのに。

 

まさか、最強の愛されモテ女が、

まったく逆のことを言うなんて!!!

 

どっひゃーーーー

 

「愛は重い。軽くてたまるか」

そう言い放ったのは、

大女優 大竹しのぶ

 

あの明石家さんまさんに結婚を決意させた、たったひとりの女性。

公私ともに、老若男女問わず、

たくさんの人に愛される、大竹しのぶさん。

 

彼女の初のエッセイ集『まあいいか』の中に

「愛は重い。軽くてたまるか」

というタイトルの記事がある。

その言葉は、映画監督 新藤兼人さんとのエピソードにだけ登場するが、

実際すべてのエピソードに、彼女のずっしりと重い愛が詰め込まれている。

 

ページを捲るたびに新しい発見があり、

読むたびに、大竹しのぶという人を好きになっていく。

 

そうして繰り返し読んでいたら、

あることに気が付いた。

 

あ、この本、

書くこと、ライティングの教科書になるかも!

 

女優であり、ひとりの人間大竹しのぶ

生き様が綴られているこの本には、

「書くこと」のヒントがぎっしり詰まっている。

 

大きく分けると、

書く楽しさ、書くときの注意、日常をコンテンツに変えるヒントだ。

 

書く楽しさについては、

まえがきとあとがきで触れられている。

女優がなぜエッセイを書くのか。

書いてみてどうだったのか。

ほんの短い言葉だけど、

うんうん、そうだよなーと共感するし、

これを忘れちゃいけないよなーと思うことが、

素直に、シンプルに綴られている。

書くって、難しいけど、やっぱり楽しいよね!と思い出させてくれる。

 

書くときの注意点では、ドキっとすることが書いていた。

それは、対談の中でリリーフランキーさんが言った言葉だ。

「女性が自分に起きたことを文書にするのって、暴露調になったり、えげつなくなったりするんだけど、しのぶさんはまったくそういうのがないですね」

ハッ! とした。

有名人でも専門家でもない、

特徴のないOLが日常について書いていても、

正直つまらない。

よっぽど工夫しなければ読んでもらえないが、

そう簡単に面白いことは、浮かばない。

そうなるとついつい、

「ここだけの話さ……」

「信じられないことがあってさ……」と、

何か秘密を書いたり、ドロドロしたことを書きたくなってしまう。

だけど、エッセイの場合それではいけない。

純粋で素直な

「ねぇねぇ、聞いて聞いて!」が根底にあるからこそ、読んでもらえる、伝わる文が書けるようになる。

目先の好奇心をつついちゃいけないんだ!

「暴露しない、えげつなくならない」

それが、この本から学んだ、書くときに注意する大事なこと。

 

書いていて悩むのが、記事のネタや素材。

身近なことを面白く書けたらな……

そんな日常をコンテンツに変えるヒントも、この本から見つけることができる。

もちろん女優の日常は、ファンにとってはそのままでもコンテンツになり得るけど、

わたしにもヒントになることあった。

それは、起こった出来事、湧いてくる感情と、素直に真剣に向き合うこと。

彼女のエッセイでは、

何気ないことが、有難いことだと書かれている。

よく聞くことではあるけれど、

そう思えることは、わたしにとっては難しい。

そこで本を読んでいくと、あることが見えてきた。

推測だけど、

彼女自身が、

何気ないことをどうでもいいことと流さずに、

滅多に無い有難いこととして受け止められるまで、真剣に考えたんじゃないだろうか。

 

軽い愛ではなく、ずっしり重たい愛をもって人や出来事と向き合うからこそ、感謝の気持ちが生まれてくる。

そうしていくうちに、身近な人も出来事も全ての有難さに気付き、

「ねぇねぇ、聞いて聞いて!」と、誰かに伝えたいことになるのかもしれない。

 

きっと、そうだ。

日常をコンテンツに変えられるかどうかは、

自分が日常とどう向き合っているかに、大きく関わってくるんじゃないだろうか。

日常に面白いことがないんじゃなく、

わたしの場合は、面白いことに気付けていないだけなんだ。

日常をコンテンツに変えるには、

日々を真剣に生きなければならない。

 

生きてきたことを書くんだから、

生きていることを、書けることに変えていかなきゃいけない。

 

書いていくには、覚悟がいるんだ。

 

大竹しのぶさんのエッセイ『まあいいか』

この本は、書くことの楽しみと、注意することと、日常をコンテンツに変えるヒントを教えてくれた。

 

これからは、

書くことに対しても、日常の出来事も、会う人もみーんなみんな、重たい愛をもって接していく!

不器用なわたしは、きっと上手くできない。

だから、広く浅くじゃなく、一つずつを真剣にやっていくんだ。

愛も夢も覚悟も重いんだ!

軽くてたまるか!!

 

そう思いながらも、「まあいいか」の軽やかさとやわらかさも忘れずに。

 

 悩むこと、迷うことがあったら、この本を開けばいい。

「書くこと」「生きること」の教科書として、

これからも大事にしていこう!

 

 まあいいか

 

まあいいか

 

 

 

 

クリスマスイブの夜に「若者の恋愛離れ」について考えてみる

「なんか今日は人が多いなぁ」

道を歩いていても、駅のホームでも、何度も人にぶつかりそうになる。

それにやたら大きな荷物を持っている人も多い。

 

なんだ? 冬のセールかな? と思ってはたと気づく。

 

「あ! 今日はクリスマスイブか!」

 

すっかり忘れていた。

そっか、そうか、そうだった。

だからこども達は嬉しそうだし、

大人達はプレゼントっぽい箱を抱えているし、

若いカップルは嬉しそうにはしゃいでるんだ! 

 

そういや最近は、若者の恋愛離れが話題になっている。

「傷つきたくない」「コスパが悪い」と言って、

恋愛しない人が増えているという。

 

クリスマスイブまでになんとか彼氏彼女を! って人も減ってるのかなー。

 

10代、20代の頃に、そんな理性が働くなんて、すごすぎやしないかい。

 

わたしが10代の頃は、

ダメだダメだと頭では思っていても、好きになる気持ちを抑えることなんて、できなかった。

「だめぇえ、だめぇえ、好きになっちゃう!」と

シソンヌのコントみたいに、勝手にひとりお祭り状態。

結局、失敗するのに、毎回何も学ばず、同じことの繰り返し。

 

それでも毎回思うのは、

「失恋するよりも、誰も好きな人がいない方が、しんどいな。つまんないな」

ということだった。

片思いの時期は苦しくても、

フラレて死ぬほど辛い思いをして、

「もう誰も好きにならない!」なんて叫んでみても、

それはそれで、過ぎ去れば良い思い出になる。

例え何も残らなくても、ただそんなことがあったってだけで充分だった。

 

うーん、昔の自分に言ってみたいな。

「あんたのその恋、コスパ悪いからやめたほうがいいかもよ」って。

 

きっと速攻でサンドイッチマンばりにこう返してくると思う。

「何言ってるか意味わかんないですけど」

 

だよなー。

あほあほ全開お祭り状態の10代の自分はそう言うだろう。

 

そんなことしても無駄だ。

そんな人を好きになったらダメだ。

そうわかってはいても、どうしようもできない。

それが、青春時代の醍醐味でもある。

 

ひゃー、でも独身30代が「恋はいいものだよ」と語ったところで、響かないよなぁ。

 

そもそも、「青春時代の醍醐味」とか言ってる時点で、

(……おばさん)と思われちゃうんだろうな。

 

今朝の阿川佐和子のトーク番組『サワコの朝』でも、

脚本家の中園ミホさんが、そんなことを話題にしていた。

 

恋愛離れとともに、恋愛モノ離れも進んでいるという。

恋愛ドラマ、恋愛映画、恋愛小説がヒットしないそうだ。

 

うへーーーー

そんなこと、あるのかい! 

 

いやいや、こないだ見たドラマだって映画だって読んだ本だって

全部恋愛モノだったぞ!

 

ちゃんと流行ってるし、恋愛モノじゃないものなんてないぞ! 

 

あ、でもそれは、わたしが恋愛モノを好き好んで選んでるだけか。

 

たしかに、小説ではミステリー、

映画ではSFやアクションが人気だって聞いたことがあるな。

 

そんな、困るな。

恋愛モノも人気じゃないと。

だって、売れなければ、そもそも作られなくなっちゃう。

作られなくなるってことは、質の高いモノが生まれる機会も減ってしまう。

ということは、

いつでも好きな時に、超絶面白い恋愛モノを見れなくなっちゃうじゃないか! 

 

ひゃー、それは、それは、困る。

 

どんなにおばさんになったって、

恋愛モノにドキドキワクワクするプログラムが、

昭和の時代に生まれたわたしには組み込まれている。

それを奪われてしまったら、どんどん老化の速度が早まってしまう! 

 

若者よ、お願いだ。

どうかたくさん恋をしておくれ。

そして、恋愛モノに共感し、どんどんヒットを生み出しておくれ。

 

働き盛りの30~40代がまだまだ頑張って生き抜くために、

どうかそのエネルギーになる恋愛モノを、消さないでおくれー

 

まぁ、そんなことを、クリスマスイブの夜に書いている時点で、なんの説得力もないんだろうなー

 

30代、独身、イブの夜にひとりブログを更新。

 

ん?

 

ハッ! 

いつの間にか、『明石家サンタ』にドンピシャな人になっているじゃないか! 

そうかそうか。

昔は「そんな夜遅くに見ないよ」とか

「クリスマスイブに不幸話なんて見ないよ」とか思っていたのになぁ。

長く続く番組は、やっぱり求めている人が、いるもんなんだなぁ。

 

うーむ。

クリスマスイブの夜に、ひとり若者の恋愛離れについて考えている場合じゃないぞ。

うっかり明石家サンタに電話してしまわないように、

「若者は」とか「おばさんは」とか言ってないで、

自分の人生にも軌道修正をかけなければ。

 

若者が「恋愛したい!」と思えるような文章を書くためにも、

まずはエピソードを生み出さなきゃなぁ。